あの後、昔の恋人のエルジェベットに良く似た女性(名前はゆきと言うらしい)の取り計らいもあり、事無きを得た私はエレベータ横のカウンターで代表と呼ばれる男の面接を受けている。
「ヴラドだ。…こうやって、下唇を噛んで、ヴ・ヴ・ヴラド。そして歯の裏に下を当てて、ツェ・ツェ・ツェぺシュ」
「…ブ・ブ・ヴラド、ツエ・ツエ・ツェぺシュ…」
「よろしい」
「…う…ん…」
何故、この男は顔を赤くしているのだ?
「うん、まぁいいでしょう。 言葉が多少威圧的なのは気になるが、外国の人だから仕方ないし、それもまた個性という事で」
「そうか、それはよかった」
「…。 で、明日から来れますか?」
「いつからでもいいぞ」
「……」
また、顔が赤くなった。
変わった男だ。
「それじゃ、仕事内容について詳しくは彼に教わってくれますか」
代表が手招きをして、先ほど私をエレベーターで案内してくれた黒服を呼んだ。
「彼は、山田君。 この店のマネージャーです」
ほほぉ、マネージャーと言えばえらいのだろう。
それにしては、若い。22〜3歳だろうか。
「山田君、明日からキャッチをして貰うブラド…失礼。 ヴ・ヴラド君だ。仕事をよく教えてやってくれ」
「はい。 あ、さっきはどうも。山田です。よろしく」
「ヴラドだ。 よろしく頼む」
この後、暫く山田マナージャーから仕事の説明を受け、店を後にした。
帰るとき、ゆきが小さく手を振りながら笑っていた…。
まだ、時間も早いので数日振りにマスターの店に顔を出すことにした。
「おや、伯爵! 珍しいですね。 こんな時間に」
「うん、実はちょっと仕事を決めてきた」
マスターは洗い物の手を止めて、驚いたように私を見た。
「えっ、仕事ですか? 伯爵が?」
「そうだ。 色々と物入りでな」
「そうですか…。 私がパソコンなんか勧めたばっかりに」
「いやいや、そうではない。 パソコンは大変役に立っている。 人間社会の仕組みがよく分かる」
「ここの一本北の通りの、『ダイアン』と言う店だ」
「えっ、あの田中一郎ビルの4階の…」
「知ってるのか」
「いえいえ…。 しかしあの店はキャバクラですよ。 伯爵は何の仕事をするんですか」
「キャッチとか言ってたな」
「キャッチですか? 伯爵が。 …大丈夫かなぁ。 他に仕事なかったんですか?」
「いや、いいんだ。 ゆきもいることだし…」
「え? ゆきって?」
「いや、何でもない…」
なんとなく芋焼酎がいつもより甘酸っぱくも感じた。
店の代表ではないが、少し自分の顔が赤くなってるような気がした。
この日はマスターからの就職祝いという事で、遅くまでグラスを傾けていた。
