昨日、ネットで検索した求人の店を探して歩いていると、少々見覚えのある通りに出てきた。
マスターの店のビルがある通りの一本北にある通りのようである。
「1階がラーメン屋でビル名が、第五田中一郎ビル…」
「あぁ、ここだな。…しかし何故、ビル名が田中一郎なのだ?」
しかも、第五と言うことは第一から第四もあると言う事なのだろうか…等と考えながらエレベーターの前に立つと、黒い服を着た若い男が近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。今日は何階ですか?」
「うん?4階だが何か…」
言い終わるのも待たずに、黒服は
「はいはい、いらっしゃいませ。ご指名はありますか?」
「いや、指名も何も…」
「あぁ、ご新規様ですね。ありがとうございます。好みの女の子はいますか?」
これも面接のひとつなのだろうか。
「好み?好みは…どちらかと言えば首筋のすっきりしたコレストロールの少なそうな…」
「コレス…。あ、あー、いますいますよ。大丈夫、まかせてください」
この黒服は一体何者なのだろうか。
面接会場の案内人なのだろうか。
取敢えず、黒服に着いてエレベーターに乗り込む。
黒服は襟元に着いている、マイクのような物に何か喋っている。
「お一人様ご案内します。フリーです、フリーです」
何がフリーなのだ。
エレベータの扉が開き、なにやら騒がしい話し声が聞こえてきた。
細い通路には中世の婦人でも着なさそうな短いドレスを着た女性達が携帯電話を見つめながら、なにやら一生懸命打ち込んでいる。
「どうぞこちらへ」
言われるがまま奥へと進んで行くと、間口の狭い部屋に趣味の悪そうなソファーとテーブルが並んでおり、先ほどの女性とはまた一風違ったドレスを着た女性達が、これまた趣味の悪そうな衣服を着た男性たちとワイワイガヤガヤ、まるでゾンビが纏わるかのように戯れていた。
案内されたのは一番奥の4人がけのテーブル。
「こちらで、少々お待ち下さい」
そう言うと、今度はまた違う黒服の男がやってきて
「おしぼりをどうぞ」
なんと言う待遇の良さ。
面接と言うのもなかなか良いものだなぁ…等と考えていると、一人の女性が近づいてきた。
私は、目を疑った。
「エルジェベット!」
6世紀前、私が最初で最後に愛した女『エルジェベット』に瓜二つではないか。
「えっ、誰?誰の事、言ってるの?」
「い、いや、人違いだった」
「人違い?…ふふ。あっちっこっちで遊んでるから、もう解んなくなってるんでしょ」
やはり、違うようだ。
話し方も、仕草も違う。
しかし、良く似ている。
「お名前‥何て言うんですか?」
「ヴラドだ。ヴラド・ツェペシュ」
「えー!日本の方じゃないんですか?」
「ルーマニアが生地だ」
「ルーマニア?へー、カッコいい!ハーフなんですか?」
「ハーフ…。 まぁ、ハーフと言えばハーフかも知れぬ」
「じゃ、もてるでしょ。ヴラちゃん」
「ヴラ…ちゃん…」
ちゃんづけで呼ばれたのは、初体験である。
「ヴラちゃん、何飲む?」
「あ、じゃ、A型風味の血液パックを」
…しまった。
「A型風味…。血液パック…?」
彼女は急に手で顔を覆った。
これは、まずい。
「アハハ…!おもしろーい。ヴラちゃん面白いじゃん」
「ん?」
「私、そう言う冗談を言う人好き!」
どうやら、うけたようだ。
「そ、そうだな。じゃ、芋焼酎を貰おうか」
「へー、渋いねー。だけど、芋は置いてないから麦でいい?」
麦は生血を思わす咆哮な香りがないので苦手である。
「じゃ、コニャックをくれ」
「コニャックって、ブランデーの事?」
「そうとも言う」
「初めてだから、ハウスボトルでいいよね」
聞いたことの無い銘柄だが、ここはあまりこだわらない方が良さそうだ。
「それでいい」
彼女はしなやかな指で水割りを作り始めた。
私は、ロックの方が良いのだが、まぁいいか。
「ところで…」
「うん。何?」
「貴女が面接官なのか?」
「…え、面接官って?」
私はおもむろに、昨日印刷した求人広告の印刷物を広げ、彼女に突き出した。
「……」
「……」
いくら鈍感な私でも、よくわかった。
彼女の目が点になって行くのが…。
