生まれて初めての経験である。
「この私が、悪夢にうなされるとは…」
嫌悪感に悩まされながらも、昨晩愚痴を聞いて貰い、懇親となったBARのマスターからのアドバイスに、多少の希望の光も見出していた。
陽が落ちると同時に棺から飛び出した私は、早速夜の街へと足を滑らせたのである。
多少の不安感もあり、お供に蝙蝠のバルとべジルを連れていくことにした。
黒豹の親子もいるが、昨晩の奇声を発するゾンビ共とひと悶着を起こすのではとの予感も働き、夜行性の蝙蝠達を供に決めた。
(やはり、何事もT・P・Oが必要である)
「伯爵さん、やはり現代に馴染もうと思えば、情報収集が必要不可欠ですよ。情報収集と言えば、やはりパソコン、これからはパソコンが扱えないと生きていけないですよ。私が安くてメンテナンスの行き届いた店を知ってますから、紹介しましょう」
友人となったマスターからの親切な提案を聞き、早速そのパソコンとやらを購入する為、街へと向かったのである。
マスターに書いてもらった地図を頼りに歩いて行くと、昨日とはまた趣の違うネオンの街に出た。
黄色い看板のあるビルの手前の細い路地を入り、3軒目の青いテントの店…。
「あった」
{格安パソコン決算セール中…他店より高ければ、主人の首を差し上げます}
看板もマスターが言ってた通りである。
(首はいらないから、生血を吸わせてくれるよう、交渉は出来るだろうか…)
間口は3間程ではあるが、奥行きは結構ありそうだ。
バルとべジルには、食事をしてくるよう命じた。
(バルとべジルにとっては、多少脂ぎった人間の生血でもご馳走であろう)
店を覗くと、狭いがパソコンが入ってると思われる色とりどりのダンボール箱が、ところ狭しと、積み上げられている。
中に入ると、奥からこの店の主人であろうと思われる男が出てきた。
「いらっしゃいませ。パソコンをお探しで…」
なんとこの男、私が転生する前の生地ワラキアで、生きたまま串刺しにしたオスマン・トルコ軍の将軍に瓜二つではないか。
眼鏡の奥の、狡猾そうに光る目も良く似ている。
私は、少々戸惑いながらも、
「紹介で来た。ヴラド・ツェペシュだ」
主人は、異星人でも見るかのように、観察していた眼を途中で止め、
「あ、ハイハイ。マスターのご紹介の…えーと…村戸さんですね」
「いや、ムラドではない。ヴラドだ。ヴラド・ツェペシュだ」
「ハイハイ。村戸様、いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ」
(…まぁ、いいか)
「私は、機械の事は良く判らないので、よろしく頼む」
「ハイハイ。存じておりますよ」
(ハイは、一度でいい…)
主人は、店の奥の方からひとつの箱を大事そうに抱えてきた。
「川戸様には是非、このノートをお勧めしたいと考えてたんですよ。高速・高信頼性・大容量の3拍子が揃ってます」
「カワド?…う‥む」
「ダイナブックサテライト25△▼…400P…128MB…14.1TFT…USB…LAN…CDD…FDD…搭載のマシンで中古ですが、キーボード・液晶・外観とも美品です」
「…う…むむ」
「CPUはモバイルIntelCeleronプロセッサ400MHZで、XPバッチリ動きます」
「…」
「とにかく、怪物マシンです」
「…怪物?」
「そう。怪物マシンです。これが、消費税込みで4万9千800円と言えば、もう迷う事はないでしょう。松戸様」
「よし。それに決めよう」
迷う事はなかった。
説明は何を言ってるのか、さっぱり判らなかったが、怪物マシンと言う言葉に引かれた。
何か、運命さえ感じる出会いでもあった。
名前もムラドであろうが、カワドであろうが、マツドであろうが、もうどうでも良い。
いよいよ、私はこの怪物マシンと二人三脚でこの国の領主となる為の第一歩を、踏み出すのである。
満腹のバルとべジルを肩に、サイレンの鳴り響く街を、足取り軽く館へと帰るのであった。
